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タンガルーマの歴史
タンガルーマとモートン島には先住民アボリジニと初期ヨーロッパ人入植者が築いた豊かな歴史があります。
 
アボリジニの歴史

モートン島のアボリジニ名は「砂丘のある場所」を意味する「モーガンピン」で、タンガルーマとは「魚が集まる場所」という意味です。モーガンピンの先住民はノーギ族の人々です。モーガンピンはクアンダムーカと呼ばれるエリアにあり、クアンダムーカは一般にモートンベイ地域のことを指します。

詳細な現地調査によればヌギ族の人々は常にこの島に住み続けており、海に基づいた生活様式を2000年以上維持しています。主に食料として魚貝類、甲殻類、ジュゴン、カメを採取し、補足的にシダ(Blechnum indicum)、ミディムベリー(Austromyrtus dulcis)、パンダナス、蜂蜜を利用していました。


島の遺跡発掘現場はヌギ族の子孫にとって伝統を受け継ぐ重要な場所です。記録された文化遺産の数は、貝塚、骨、石切り場など330点にのぼります。

 
ヨーロッパ人の入植

1770年にジェームズ・クック船長がスコットランド人のモートン伯爵にちなんで5月17日に「モートンベイ(Morton Bay)」と命名しましたが、その後航海誌でミススペルされた「Moreton Bay」が定着しました 。最初に白人の訪問者がやってきたのは1823年のことでした。最後に残ったヌギ族の人々は1850年にストラドブローク島へ強制移住させられ、今でも彼らの子孫はそこに住んでいます。

 
第二次世界大戦
第二次世界大戦中モートン島に2カ所の主要防衛基地がコワンコワンとトゥームパニ(ラウス砲兵隊)に建設されました。戦争中に海軍基地と桟橋がタンガルーマに造られ、砲兵隊やその他の遺物が今も残り、史跡となっています。
 
捕鯨基地

1950年にオーストラリアの会社Whale Products Pty Ltdが結成され、タンガルーマは南半球最大の捕鯨基地の場所として選ばれました。

1952年6月に最初の操業でザトウクジラ2頭がモートン岬付近で捕獲されました。10月までに年間124日に制限された期間中割当数の600頭が同基地で解体処理されました。

1頭のクジラからは最も価値の高い鯨油が8000キロとれ、マーガリン、グリセリン、化粧品、薬品の原料として使用されました。鯨肉はペットフードや食用輸出品に、骨、内臓、低級肉は家畜飼料や肥料に加工されました。

1950年代後半に植物油が導入され、1959年に鯨油の世界価格は暴落しました。1961年に鯨は希少動物となり軽飛行機を使った上空からの確認が行われるようになりました。1962年8月に捕獲された鯨はわずか68頭で、捕鯨基地は閉鎖されました。

10年間の操業中にザトウクジラ6,277頭とシロナガスクジラ1頭が解体処理されました。この影響によってオーストラリア東岸のザトウクジラの数は当初の推定15,000頭から500頭以下にまで激減し、1965年にザトウクジラは保護動物種に指定されました。

オーストラリア水域での捕鯨による収入は年間3200万ドルであったと推定されます。現在オーストラリアでホエールウォッチングによる収入は年間約7000万ドルです。6月から10月までの鯨の移動期間にタンガルーマでは ホエールウォッチングクルーズ を毎日運行しており、この穏やかで巨大な野生生物を間近にご覧いただけます。

 
現在

1963年6月にタンガルーマ捕鯨基地はゴールドコーストの事業グループに売却されました。1980年に同リゾートはブリスベンの家族経営企業、オズボーンズに買収されました。

現在、タンガルーマ・アイランド・リゾートは今もオズボーン家のブライアンとベティが息子のジェフとグレンと共にオーナーとして経営しています。

 
ホエールウォッチングクルーズ
ドルフィンフィーディング
 
 
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